運営者プロフィール
・・・本サイトの運営者およびサポーターをご紹介します・・・

初めて久保田投手に出会った2003年5月4日
それは真夏のように蒸し暑い日だった.....


ピッチャー:久保田 6,7,8回をゼロ点に抑える

3塁側ブルペンを拡大すると・・・・

さあ、誰が久保田投手だかわかりますか?
(『球場巡礼』のご提供)

K30:本サイトの運営責任者、久保田投手の名字の頭文字と三振を表す”K”に、久保田投手の背番号を合わせてK30をハンドルとした。2003年5月4日、久保田投手を実家近くの碧南市臨海公園グランドのウエスタントーナメントリーグ戦(阪神−広島戦、上記画像参照)で見て、その重く、ずっしりとした直球に一目惚れしてしまう。その1週間後、忘れもしない5月11日、いきなり一軍に登板するのをテレビで見てびっくり、以後、いっしょうけんめい応援するようになる。
 愛知県出身ということもあって、小さい頃は当たり前のように中日ファン。しかし、久保田投手を応援するようになり、阪神ファンになった私をみて、母が亡くなった実父が強烈な阪神ファンだったということを聞かされ、「血筋は争えない」と心底感じた。その因縁の中日戦、しかもナゴヤドームで久保田投手が登板した9月12日、4ヶ月ぶりに久保田投手登板の試合を観戦できた日、ヒジを怪我して降板してしまうとは、なんと運命的なことか。しかも、私は初めてナゴヤドームのプロ野球観戦だった。なにせ実家を離れて20年、ナゴヤ球場はよく知っていても、ナゴヤドーム初観戦というのもお分かり頂けるだろう。
 その後、久保田投手を少しでも近くで応援してあげたい一心で、鳴尾浜、倉敷、安芸、宜野座、高知と駆け回った日々。本サイトの画像コンテンツのほとんどが、私本人が足と涙(待ち時間は辛い)で稼いだもの。思いの限りを久保田投手にぶつけて、これからも応援していきたい。「日本一いや世界一のピッチャー」になってほしい。
 本サイトの「年中夢求」はご存じ、久保田投手がサインに添える座右の銘の言葉だが、いつでも応援し続けたいという「年中無休」の意味も含めた名称を付けてみた。
ターボ(ターボ久保田):K30と帯同していたカメラマン役。本業はショップ経営、お金がないのを気力にしている?最近は本業が忙しく、K30がでっかいカメラを使うことになったため、一緒に行動することも少なくなった。
マックスウエル:某大学院時代にK30としりあい、久保田投手の魅力にひかれる。このたび、晴れて?某企業に就職に成功。球場に遠い場所に引っ越してしまったため、晴れてサポートを卒業することに。いままで、いろいろありがとね〜
Mr.X:久保田投手と特に関係が深い人物。「私だけの知っている」久保田投手情報を時々教えてくれる。正体はヒミツ。
Mr.Y:K30の大学時代の同級生。久保田投手と同郷のため、久保田投手の高校生時代をよく知る人物でもある。「(滑川高校のことを)全然普通の高校だったんだけどなぁ」が口癖。
矢野のお姉さん&やなさん:甲子園球場では有名なデコボココンビ、本人達は知らないうちに、選手やコーチ、裏方さん達にも知れ渡っている有名人。2005年優勝決定の甲子園戦では海外出張中のK30にかわって、撮影を担当してもらう。
運営者への連絡、要望こちらにお願いします。また、久保田投手の
高校時代、大学時代、二軍当時の写真や資料等貸していただける方もご一報下さい。